社員教育『期待される管理者』

皆さんこんにちは!『寺子屋ラッキー』と申します。職場生活で多少なりともお役に立つと思える事柄を、人を中心に申し上げていきます。よろしければお付き合いください。

『話し方教育』 (58) 「声の表現力向上を目指すなら 人の傷みのわかるリンカンに学ぼう」 (その1)

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 今晩は。おくつろぎですか? 変な時間ですが、都合でこれから更新します。お手すきの時ご覧下さい。
 先月「あなたが40歳を過ぎたら ご自分の顔に責任を持てますか?」の中でリンカンのエピソードを紹介しましたが、再度採り上げます。


 さて、アメリカ第28代の大統領であったT・Wウイルソンは、『1時間の演説は、ぶっつけ本番でもできる。しかし、20分の演説をするには、20分から30分の準備が必要である。ところが、5分間の演説をするには、その草稿を作るのに一晩はかかる』と言っている。


 江戸幕府が瓦解(がかい)する4年前、『南北戦争』で天下分け目の戦いがあったペンシルバニア州の当時小さな町であったゲティスバーグでその戦没者墓地の開所式がリンカン大統領主催(?)により執り行われた。
 始めに、既述したケネディ大統領の母校となるハーバート大学の学長を務めた元国務長官エドワード・エヴァレットの2時間に及ぶ熱のこもった基調演説があり拍手喝采で終わった。
 それに比べ引き続き登壇した第16代大統領エイブラハム・リンカンの演説「ゲティスバーグアドレス」は、内容理解は別として日本の高校1年生なら記憶できる長さの3分程度で終わった。


 音律(語調・音調・調子)がどうだったかの詳細は音声記録が無かった当時で不明だが、体調が悪かったこともあり声が小さかったと記録には残っている。聴衆の数は不明だが、最後尾まで声が届いたかどうかは疑問である。


 世の中「味方千人 敵千人」であり、当時でも評価は分かれていたことでしょう。それでもあなたもご存知の名言『人民の 人民による 人民のための政治』に代表される名演説として今もって世界中に伝わっている。


 リンカンの演説が終わると、エヴァレットはリンカンに握手を求めながら「閣下お疲れ様でした。お見事な演説でした。私の長い話は直ぐに忘れ去られるでしょうが、閣下の名演説は後世まで語り継がれるでしょう」と、褒め称えたという逸話が残っている。


 家が貧しく学歴が無かったリンカンだが、日本での超難関「司法試験」に相当する資格試験に独学でパスし『弁護士資格』を取得した。
 アメリカはディベートの本場である。そのための知的討論を教える「道場」はあったかもしれないが、当時に不特定多数を対象とした話し方の指導機関は未だ無かった。ロングセラー『人を動かす』で知られるD・カーネギーの「話し方講座」が開設されたのは、時代がズーッと下がった80年後の日本で言えば大正時代初期のことである。


 では、長い話はいけません。話し半ばですがここまでとします。今月も明日から業務にお励み下さい。ありがとうございました。



❒ 話し方教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に向かって挑戦しよう ‼」)