< ブログ『社員教育講師』>

皆さんこんにちは!『寺子屋ラッキー』と申します。職場生活で多少なりともお役に立つと思える事柄を、人を中心に申し上げていきます。よろしければお付き合いください。

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『管理者研修』 (416) 「承認欲求に応える上司には すりこ木として 身を尽くさん?」

                             【10分間 ミニ講演会】
ID:8559fx
寺子屋ラッキ

 
 こんばんは。日付が変わり1月最終31日(金)となりました。今回のテーマが通用するのは、年齢に関する法律でこの3月31日が75歳の〝応当日〟となり後期高齢者へ目出度く(?)スッポリ移行する「団塊の世代」だけではありません。戦後企業内組合に守られたサラリーマンであったとしても所属企業への『忠誠心』となるとおそらく数は限られていたことでしょう。
 ただし、貴社に派閥があり属していれば「領袖」に対しては似たようなことがあるのは目を外に向けた<グローバル社会>でも同じでしょう。


 とにかく「人が良い」だけでは誰も苦労しないでしょう。「惚れて 好かれて 騙される」ことに「耐性の涵養」が出来ていないと、AI・SNSのご時世を大過はあっても<心身ともに逞しく>過ごすことは難しいように思えます。閑話休題。
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 さて、本日未明「草木も眠る丑(うし)三つ時」当直勤務以外の大方のサラリーマンは、今日の勤務に備え就寝されていると拝察します。


 では、322年前の同時刻には何があったかをご存知ですか?
 12月に入ると「真珠湾攻撃」は忘れ去られても12月14日になると話題になるのが「忠臣蔵討ち入り」です。これは旧暦であり新暦では今日だったと記憶します。


 西暦1702年旧暦元禄15年の今日(1月31日)は、この後〝寅の刻〟から明け方にかけ赤穂浪士でつとに知られた「忠臣蔵討ち入り」のあった日です。播磨赤穂浪士四十七士が主君の仇討ちのため吉良邸に討ち入り本懐を遂げたことは歴史的事実です。


 ときに、エチケット・マナーのルーツはブルボン王朝全盛期のヴェルサイユ宮殿(世界遺産)当時と聞きます。この宮殿を建造し『朕は国家なり』と言わせしめたのがルイ14世である。彼が没する10年ほど前の我が国は江戸時代であり徳川5代将軍綱吉が治めていた元禄末期である。江戸の人口は当時既に100万でありロンドン・パリを抜いて世界一の大都市だったと伝わる。庶民には娯楽だけでなく「寺子屋教育」が普及していた。


 吉良上野介は地元では「名君」とも評されていた旗本の名門家であり徳川家「エチケット・マナー」の指導役であった。赤穂藩がお家お取り潰しになった直接の理由は、朝廷「ご接待役」を仰せつかった浅野内匠頭の江戸城「松の廊下の刃傷事件」であったとされるが<真実>は知りません。


 お芝居は面白可笑しくなければお客は入りません。脚色が必要です。〝いじめ〟に遭い「礼儀も知らぬ赤穂の鮒(ふな)、フナ侍(この田舎侍)が ‼」と罵倒された言葉が直接の要因だったと言われている。


 それまで言葉で<自尊心>をいたく傷つけられていた浅野内匠頭が遂にブチ切れた。「今日こそは許さぬ!待ちやがれ老害者が ‼」と、松の廊下で刃傷事件を起こし即日切腹を言い渡された。これが契機となり学者も交えて論争した結果、赤穂藩はお家取り潰しになったことは歴史的事実です。石高5万3千のどちらかというと小大名ではあったが、赤穂藩は日本一の塩田産地でおそらく藩財政は恵まれていたのでしょう。


 幕府が外様大名の弱体化を窺っていたとしたら赤穂家お家断絶は幕府にとって絶好のチャンス到来だったとも考えます。また、再就職の難しい時代、赤穂浪士の中には無事本懐を遂げた後には忠臣として再雇用の可能性を微かに抱き討ち入った浪士がいたとしても前例もあり、非難されることではなく不思議でもありません。そのため討ち入りに際し各自鉢巻の下には・・・・・・という話もあるがどっちでもいいことです。とにかく真相はいずれも<闇>の中です。


 以前泉岳寺にお参りした折、墓石の戒名の上に『刃』の一文字が刻まれていた記憶が残っている。忠臣とはいえ幕府の定めに背いた者たちは「断固許さん ‼」という幕府の姿勢が表れているように思えた。


 家臣が主君に殉死した例としては、明治天皇崩御に伴い乃木希典大将が夫婦で自刃した話が残っている。第三軍司令官乃木大将は旅順攻囲攻撃に際し多大な犠牲を出し苦慮していた。それを御前会議の席上で「乃木を現職に留め、他の者に替えてはならない」との明治天皇の配慮で解任されずその責を問われることもなかった。


 『士は己を知る者の為に死す』という。乃木は明治天皇の信任に応えるべく英知を結集し部下を奮励努力させ旅順をなんとか攻略し陥落させた。これによりその後の「日本海海戦」を間接的にでも勝利に導いたと伝わる。


 乃木大将の軍人としての評価は、先月採り上げた山本五十六大将と同じく十人十色でしょう。おそらく乃木さんは司令官に起用された前から戦後学習院院長に就任した後も明治天皇への『心服』に加え、二人のご子息子を含む多くの部下を戦死させたリーダーの責としてそれまで思い留まっていた自決を、明治天皇の崩御で殉死の道を選んだように思えます。
 ただ、ゴーイングコンサーンとしての法人組織に置き換えてみると、「殉死」は次世代を担う有能な人材(財)を逸失するような気がします。


 殿を諫めるため切腹し果てた武士のほか、老舗百貨店ではお家一大事の場面では筆頭番頭さんが創業家代表者に意見具申し、時には「暖簾(のれん)」を守るため首を挿げ替えることもあったと読んだことがあります。


 でも、どうなん(の)でしょう? ネット社会のこんにちではサラリーマンが辞表を懐に社長に意見具申することは、あったとしても少ないように思えます。
 日本的経営の3本柱が崩れた現在、経営幹部・管理者のほか担当職務への使命感にあふれた方々を一律にはできません。しかし、忠誠心というより組織への帰属意識が薄れたオンライン職場では会社の先行きに不安があれば、一般職社員は家族のためにも躊躇(ためら)うことなく「新天地」を求めることでしょう。


 その点難破しそうな船では、立ち寄った港ではロープを伝わり早々と脱出するのは、船倉に巣くっているネズミだそうです。予知能力が本能的に備わっているからだそうですが果たして本当でしょうか? 
 であれば、懸念されるのが築地市場地区再開発で解体された築地市場に巣くっていたネズミです。駆除処分の網の目をかいくぐったネズミは築地場外市場をはじめ銀座方面など四方八方に逃げ去った強者(ネズミ)がいたとしても不思議ではありません。あれから6年が経過。文字通り鼠算式に増えたネズミの現状はいかばかりでしょう。ゾッとしますネ。閑話休題。


 大石内蔵助の討ち入り台詞回しを借りれば、「当社の興廃は第4四半期の6年度末にある。おのおの方、この先2カ月は6年度決算発表が上方修正できる最後の追い込みでござる。
 競合他社は一部店舗を閉鎖しあるいは市場から撤退するなどし市場は低迷している。その点5年ぶりに来月からは新製品を世に問う当社にとっては、誤解を招く言い方になるが『千載一遇のチャンス到来』とも言える。しかし、出し惜しみなどで利益だけを求めるのは商売人としての道義だけでなく当社の先代からの『企業理念』にも反する。


 部下にはこれまで通り危機意識の涵養を、幹部の諸君は英知より『衆知』を結集しこの経済環境の荒波を乗り越えてほしい。コンプライアンス重視の時代である。『スタンドプレー』は不要である。
 ゆめゆめ油断召さらぬよう情報交換を密にしてライン・スタッフ部門の別なく一丸となり部下をパートナーとして組織力を発揮することを期待している。來年度初めには君たちと美味い酒が酌み交わせることも含めて・・・・・。然らばいざ出向かん  ‼」。


 今年の節分は例年より1日早い2月2日(日)です。立春からお彼岸に向けて徐々に日が長くなります。しかし、地球温暖化しているとはいえ「雪の2・26事件」を考えると本格的降雪シーズンはこれからかもしれず油断できません。


 では、人類の敵コロナウイルスは寒さにも強いようです。ご自愛のうえ業務にお励みください。どうか良い週末を。今月も最後までお読みいただきありがとうございました。



❒ 管理者研修講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に
 向かって挑戦しよう ‼」)
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