社員教育『期待される管理者』

皆さんこんにちは!『寺子屋ラッキー』と申します。職場生活で多少なりともお役に立つと思える事柄を、人を中心に申し上げていきます。よろしければお付き合いください。

『話し方教育』 (184)  (続)「たかが挨拶 されど挨拶」

ID:8559fx


 おはようございます。上半期最後のブログを更新します。今回申し上げる事は『リーダーシップ発揮』のための人間関係論からのプロローグでもあります。


 あなたの会社ではこれまでに「モラールサーベイ」を実施されたことがおありでしょうか? 過日「テレワーク」についての意識調査がテレビで採り上げられていました。サンプリングが母集団をどの程度反映しているかはわかりません。マネジメントに当たる管理者は人事管理、労務管理面での制約を受けるため、評価が管理者と部下とでは乖離するのは当然です。


 ときに前回まで「挨拶」について、その意義と重要性を事例を踏まえ問題提起してきましたが、若干加えます。それは生き生きとした〝目玉〟は、相手に近づいていくということです。


 たとえば、「おはようございます」と若い社員が挨拶すれば、上司・先輩も「おぅおはよう」と挨拶を返す。もっと前に、先に上司や先輩から「オーッおはよう。昨日の承認書はどうなった? 今日も頑張ってくれよ!」と言われてごらんなさい。感じがいいでしょう。テレワークでは実感が沸かないとしても、朝こんな挨拶でも先にされたときに、どれだけその部下や後輩は嬉しいことか。
 職場で少しでも声をかけあっている仲間というのは、たとえ上司と部下とでも一日仲良くいくものです。


 ところが、中には近づかない部下もいるものです。出勤して何故か〝生理的〟に合わない課長の顔を見たとたん、「アリャ―もう来てるよ。課長の顔を見るとどうも朝から調子悪くなるんだよナ」と、挨拶もしないで逃げていく。
 課長は課長でそれを見ていますからね。「ヤロー、俺の顔を見ていながら挨拶一つしていかなかったな。不愉快な奴だ、許さん ‼ よ~し。今日は一つ仕事で揉んでやろう」と朝っぱらから決心したとしても、実際には何の個別指導もしないことでしょう。それは何故だと思います?


 詩人のエマーソンは『我を愛する者を我愛す』と、言っている。同僚間だけでなく上司・部下同士でも相手を無視すれば不快にさせるのは当たり前のことです。
 そのようなことから、この先申し上げる部下に<近づく>という問題は、「リーダーシップ」発揮の面で非常に大事なことです。書庫を『管理者教育』に変え再度考えていきたいと思います。


 上半期も今日一日となりました。お疲れ様です。ナイスいただいている方をはじめ、お越し頂いたあなた(貴方・貴女)には改めてお礼申します。
 では、爽やかな秋晴れのもと週末を有意義にお過ごし下さい。ありがとうございました。(寺子屋ラッキー)



❒ 管理者教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に
向かって挑戦しよう ‼」)




『管理者教育』 (197) 「新システム導入に際しては 職場へのスムーズな適応策を」

ID:8559fx

 
 おはようございます。日進月歩で技術革新が進み経営環境が目まぐるしく変化する現在、全社員が一丸となって業務に取り組んでいると思います。それでも旧態然とした仕事の仕方をしていてはいつしか取り残され、アウトソーシングの対象となる不採算部門もでてくることでしょう。


 そうしたことから組織の生産性向上に併せ『雇用確保』のため新たなシステム導入を決めたとします。しかし、従業員がスムーズにそれを受け入れるとは限りません。人は誰しもそれまで培ってきた仕事のやり方に固執するのもので、そこには三つの「抵抗」を生ずることが予想されます。


 その第一が「変化への抵抗」である。誰しもやり慣れた方法を捨てたくないものです。


 第二は、「新しいものへの抵抗」である。今さらこの歳になって新しいものを覚えられるか、やりこなせるか、なじめるかの不安感が付きまとう。


 第三は、「批判への反発」である。今までのやり方が古臭いあるいは誤っているのかというシコリが残り、不平・不満もくすぶるでしょう。


 以上三点は日本企業特有の問題ではなく、欧米企業でも見られることでしょう。そのようなことから新しいやり方を組織へ適用をさせるためには、職場にアレルギーを生じさせずにモラールダウンもさせない変化へのスムーズな「適応策」を考えることが、職場リーダーには求められます。
 その一つに先ずは導入前教育があります。後は<業種・業態・企業規模>など職場実態に合わせてお話合い下さい。


 では、逆境期における管理者受難とも言える時代、この続きは次回以降とします。今日も一日お元気で。ありがとうございました。



❒ 管理者教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に向かって挑戦しよう ‼」)



『管理者教育』 (196) 「褒めるのは 叱ることより 難しい」

ID:8559fx


 こんにちは。人の褒め方、叱り方についてはこれまでにも事例を挙げ申し上げてきました。しかし、実際には「言うは易く行うは難し」だと思えます。


 お追従やおべっかは、口先では褒めても腹の中ではぺロリと赤い舌を出す〝さもしい〟人のやり方です。世間の人が、お追従・おべっかを嫌う理由は、事実ありもしないことやチョットした事実を大袈裟に拡大して持ち上げる言葉だからです。
 心ある人なら、その言葉は相手の本心からでたものか、翻弄されているのではないか、何か魂胆があるのではないか? と疑う。そんな言葉に乗るほど馬鹿ではないと、言葉に出さずとも不愉快になる。


 菊池寛の『忠直卿行状記』という小説の中に登場する越前宰相忠直という若殿は、武勇の誉れが高かった。「殿は偉大で超人で、天下無敵である」という家臣どもに取り囲まれ、剣術の試合をしても自分に勝てる臣下は一人もいないといい気になっていた。


 ある日物陰で自分の噂話をしている家臣の声を立ち聞きした時、忠直の怒りは爆発したのだ。「殿の試合のお相手にわざと手心を加えていることを殿はご存じないのだから、お目出度いよ」


 自分の『能力』を正しく認められないとき、<プライド>は甚く傷つけられる。忠直も同じであった。自分をとりまく一切を信用できなくなり、やがて自分自身の実力にも疑いをもちはじめる。臣下を切り酒色におぼれて乱行。挙句の果てにお家は断絶、晩年は別として自己崩壊の道を辿ることになる。


 本当の褒め言葉は、お追従・おべっかとは違います。あくまで『事実』の正しい評価を基礎にしていなければならない。また、その言葉には「実感」がこもっていなければなりません。


 ネット社会ではなくても人様から褒め(認め)られる機会は少ないものです。そのため意外なところでの何気ない一言だけでも気分が良くなり、時にはサラリーマンとして跳ねたくなることもあるものです。
 卑近な例では、かかりつけの歯医者さんでも先生から「これまでと違い歯磨きがキチンとできていますね」と、初めて日頃の〝努力〟を認められた場合も同じと思えるのは単細胞だからなのでしょうか?


 では、今週は直前に迫った上半期末ゴール前目がけて落馬せず無事駆け抜けるよう業務にお励み下さい。ありがとうございました。



❒ 管理者教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に向かって挑戦しよう ‼」)


『話し方教育』 (183) 「たかが挨拶 されど挨拶」

ID:8559fx


 こんにちは。話し方における「挨拶の働き」とその方法について申し上げてきましたが、本来は「管理者教育」の中で『人間関係論』の視点から採り上げる内容を若年層にもご理解頂けるよう砕いています。


 ネットコミュニケーションが定着した頃、ある管理者が嘆いていた。出勤しても朝の挨拶も碌にせず席に着き、パソコンを開いて黙々とメールを始める。終業時刻が過ぎるといつの間にか消え去る部下がいると。それは何故だと思います? 
 ここでの問題提起として管理者の「広義のOJT」の一つである『職場風土の把握・形成』があります。


 職場では挨拶が碌に出来ないと、無礼な奴と受け止められがちです。「アイツと挨拶するのは、俺(アタシ)のプライドが許さない。アイツがしてこない限り俺(あたし)は死んでも挨拶などしないぞ ‼」と〝決意〟するのは、かつて井戸端会議が盛んだった当時の隣近所の奥さん同士にもあったと聞いたことがあります。
 『人の本能』とも思える<ジェラシー・エンヴィー>渦巻く世の中と同じで、今に始まったことではないでしょう。職場でも実際にあるとしたら再考の余地があるように思えます。


 ときに、相手を大事にすれば相手からも大事にされるのは当たり前のことです。その一つが先日来申し上げている朝の気持ちの良い「挨拶」です。相手から尊敬はされずとも関心を示されて怒る人間はいません。親を無視する我が子は我慢できても相手から無視されるから不快感を持つのです。ある心理学者が次のように言っている。


 「お互いに挨拶を取り交わしている仲というのは、無言の契約書を結んでいるようなものだ。何かあったときには、私はあなたを応援しますよ、と言っているのと同じです。挨拶の無い人間関係は、その契約書が無いから応援してもらえるかどうかもわからない。家庭でも職場でも」と。


 そこで、あなたが仮に挨拶をしないタイプであれば、今日からお帰りになったら疲れていても「ただいま⤴」と言って玄関の扉を開けてみて下さい。同じ言うにしても「今帰ったぞ↓」ではダメです。「イヤー、今さらあの女房にですかネー?」 その通りです。


 ある若いお父さんが「挨拶の必要性」についての話を聞いて共感し、家へ帰った時ぐらい挨拶をしようと早速実行してみたそうです。ご主人の声を聞いた奥さんが部屋から飛び出してきて「アラッあなた、どうしたの。今日は酔ってんの?」と、いぶかしげに言ったという。
 「バカヤロー、俺は酔っちゃいねーよ」と照れくさげに答えた。
 その後食事をしていると奥さんがポロッと「あなた、さっき〝ただ今〟って言ったけど、いい言葉ネ」、こう言われたそうです。


 その様なこともあり、無口なその人も帰宅すると「ただいま」の挨拶だけは言えるようになったそうです。いいですネ。これでいいんですよ。どっからでもかかっていけば。難しい問題ではありません。その気にさえなれば。関心を示されて不快になる人間はいません。


 前に「管理者教育(№186)」でもハザードランプを例に挙げ申し上げた通り、人は無視されるから腹立たしく思うのです。職場での挨拶は「礼儀作法」とか「ビジネスマナー」云々の話しではありません。「組織メリット」を発揮するためにも大切なことです。
 <たかが挨拶 されど挨拶>です。上司・先輩であるあなたのお考えはいかがでしょう? 


 シルバーウィーク後半の3連休はまたもや「台風」の襲来を心配するようです。期末、期始めを控えての3連休は、台風の進路から外れれば「忙中閑あり」という方もおいででしょう。お金をかけずに貴重な時間を活かす良い機会だと考えます。
 たまにはスマホから離れ、「思考力」の涵養および「創造力」の発揮を目途に、〝読書三昧〟にふけってみてはいかがでしょう。
 では、連休明けにまた遊びにお越し下さい。ありがとうございました。



【読書嫌いの方 or お忙しい方向け  ⇨「 自己啓発用DVD(レンタルビデオ)」のご案内】


  👉 1.洋画『十二人の怒れる男』(ヘンリー・フォンダ主演)
          ※ 説得の進め方の視聴覚教材
  👉 2.邦画『八甲田山死の彷徨』(高倉 健、北大路欣也主演) 
       ※ リーダーの在り方(「ワンマンワンボス原則」外れ)の視聴覚教材



❒ 話し方教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に
向かって挑戦しよう ‼」)


『話し方教育』 (182) 「挨拶は 人間社会の 基礎的な話し方」

ID:8559fx


 こんにちは。台風の影響はいかがでしたでしょうか。被災された方々には心からお見舞い申し上げます。


 前回申し上げた通り、挨拶は人間社会の基礎的な「話し方」であり、人間関係をつくる働きをもっています。また〝第一印象〟もここから生まれるので、日常の挨拶を軽視してはいけないように思えます。何故なら、人間は『感情の動物』であり、<好き・嫌い>で判断するからです。


 テレワークが導入される前あなたは通勤時、朝の満員電車では痴漢扱いされないよう手の位置には気を付けていたことでしょう。にもかかわらず電車の揺れから、それも奥さんに綺麗に磨いてもらった靴を脇に並んだ若い女性のハイヒールのかかとでギューッと踏まれたことはありませんか? 重心が一点に集中されるため、アリャ 痛いですよ。


 そんな時でも「ごめんなさい。痛かったでしょう?」の一言があれば救われます。実際には相手の横顔を睨みつけても何も言わずに黙っていたことでしょう。些細なことで朝から一々腹を立てていたら身が持ちません。


 ですが、人通りの多い道すがら、前方から歩いてくる相手と肩が触れた場合「アッと、失礼」と言えば何事も起こらない。が、その<一言>がないために「オイッおじさん、チョット待てよ。人にぶつかっといて何とか言ったらどうなんだい!」と振り向きざまに言われる。
 「なんだと若造粋(いき)がりやがって、いちゃもんつけんのか? 彼女が一緒だからってカッコつけんなよ。そういうテメ―はどうなんだ ‼」と、売り言葉に買い言葉となる。挙句の果ては傷害事件にまで発展することは、レアケースとはいえ実際にあることです。
 サラリーマンはいくら仕事が出来ても加害者として警察沙汰になっては万事休す。会社を始めとする組織はカバーしきれません。つまらん話です。


 コンプライアンス重視の時代、相手が特にお客さまの場合、悪い〝第一印象〟を与えると、これを払拭するのは容易なことではなく、後々苦労するものです。そうしたことから挨拶は,「仕事の一部」と言っても過言ではないでしょう。


 試しに出勤して、朝職場で上司・同僚に挨拶をしないで日々過ごしてみると分かります。間違いなく嫌われるか変人扱いされ、自ら職場を住みにくくしてしまうケースがあるものです。ここが家庭生活(自然発生的人間関係)、学校生活(自由選択的人間関係)と職場生活(「強制的」人間関係)との違いです。


 知識・技術(技能)だけでなく人間関係処理についても立派な「ビジネス能力」であることは前にも申し上げた通りです。しかし、職場不適応から退職という行動を取ることもあるでしょう。『人生全て塞翁が馬』の格言があるようにその決断で本人が後悔せず新し人との出会いのチャンスに恵まれればそれはそれで歓迎すべきことであり必ずしも間違えていたとは誰も言えないでしょう。


 でも、どうなんでしょう? 学歴の有無とは関係なく昔ながらの「青い鳥」を求めての安易な『転職』を繰り返す事例を見聞きすることがあります。腰の軽い印象を与える場合がどうしても付きまとうため「これでいいのかな?」と考えさせられることがあります。以下は次回へ続けます。ありがとうございました。



❒ 話し方教育講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に向かって挑戦しよう ‼」)