『管理者研修』 (294) 「職場リーダーは 人の痛みの分かる 部下管理にも配慮を」
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寺子屋ラッキー
こんにちは。能登半島地震の未だ強い余震(?)が相次ぐ中、被害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げます。心から。また、使命感を持って被災者の救命救助活動およびライフラインの復旧に当たる方々はお疲れ様です。日頃の訓練によるチーム活動での成果が発揮されることを祈念いたします。
今年は世界のリーダーたる米国大統領選挙が控えています。11月の結果次第で戦時下地域を含め世界の動きが大きく影響を受けることが懸念されます。
アメリカ第16代大統領リンカンが大統領に就任した折、閣僚人選中のリンカンに側近が「閣下、この人物を加えてはいかがでしょう?」と進言した。「会った上で考えよう」とリンカンは答えた。
そこで側近が早速その男をリンカンに引き合わせた。翌日「閣下、昨日の人物はいかがでしたでしょうか?」と訊きに行ったところ「顔がだめだね」と答えた。側近が「お言葉を返すようですが、顔は両親の遺伝であって本人の責任とは思えませんが、なぜでしょう?」と訊き返した。
「ウン確かにそうだ。しかし君ね、人は40歳になったら自分の顔に責任を持つことが大切なことだと、日頃から私は考えている。その点残念ながらあの人には感じられなかった。無論のこと私の右腕である君の目を疑っている訳ではないが、期待に応えられず済まない」といった逸話が話が残っている。
ただし、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人のかかわりが解明されてきている現在でも一年前の大切な事が公の場で思い出せないと発言する人がいるご時世です。このエピソードの真実は分かりません。
人は誰しも成人し社会人として40歳になるまでには様々な人生経験を踏みます。成功することもあれば失敗することもある。いずれにしろ苦労を乗り越えてくれば内面的態度(心の構え)が外面的態度に表れるように、様々な経験が長年かかってできる年輪のように自ずと顔に刻み込まれる。しかし、本当に苦しんでいないと、40歳になっても味のある表情が形成されない。
つまり、奴隷解放の父となったリンカンが言いたかったことは、「他人の痛みが分かる顔を持て」ということだったのでしょう。
仮にそうであれば、痛手というのは外傷です。血が出ます。包帯を巻いていても血が滲んでいれば他人が見ても分かります。その点痛みは心の傷です。刃物での刺し傷と違い『言葉』での心の痛みは、本人以外には分かりません。
そこでSNSのご時世、エイブラハム・リンカンの言葉『人は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て』の意味するところをあなた(貴方・貴女)なりにお考え頂ければと思います。
では、大方の皆様の本格稼働は明日からと拝察します。人生航路の次の寄港地目指して心身共に充実させ船出なさってください。今年もよろしくお願いします。ご覧願いありがとうございました。
❒ 管理者研修講師『人材教育研究所』 (「部下をパートナーとして 職場目標を達成
しよう ‼」)
#マネジメント
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