『管理者研修』 (307) 「大学・大学院でも何故か教えない <叱り方>の意義と実際」
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寺子屋ラッキー
こんにちは。年齢・性別・学歴を問わずご理解いただくためお話調で書いています。そのため今回は原稿作成に思いのほか手間取り昼食前に間に合いませんでした。これから投稿します。
さて、コンプライアンス重視の中での<競争と選択の時代>、生き残りを賭け管理者は懸命な努力で日々ご苦労なさっていると拝察します。1月に入ってから大型倒産が報じられる現在です。企業規模を問わずこの先4月以降も懸念を超えて危惧されます。
では、あなたは部下が現場出向し第一線で顧客(利用者)とどのような対応をしているかをご存知ですか?
セールスマネージャーは別として、普通管理者は根回し調整業務をはじめ机上での管理業務に追われご存知ないと考えます。
たとえば、公共事業の一環でありながら組織の都合を優先し顧客(利用者)に押し付けるプロダクトアウト的態度の社員(職員)は感心(我慢)できません。
そうした場合、顧客(利用者)の声が上司に伝わっていないことは十分考えられます。管理者は当然部下に質し真偽の程を確かめることでしょう。問題は「カスハラ」でない場合の部下への対応です。
組織(自社・自所)に「非」があれば部下育成の観点からも当該部下へ<注意・叱責>し改めさせることでしょう。社員であれば<言い方>には配慮する必要はある。が、<OJT>の一環として言うべきことは躊躇せずタイミング良く伝えることが管理者の役割です。
戦前戦後の教育には家庭、学校、地域社会とがありました。昭和一世および二世の<団塊の世代>までは、「子供の躾は親の責任」との考え方が生きていたように思えます。それが持ち家で子供に部屋を与えるようになってから我が子に叱責はおろか注意すらためらう親が増えてきた。そのため〝一部〟とは言え家庭内暴力をはじめネットニュースに事欠かない時代となった。
戦前は聖職と呼ばれた教育現場に生徒への注意ポスターが掲示されるなどは、教諭の任免権のある教育委員会も管理責任を問われると思える情けない出来事であり論外です。それでも子供のいじめ問題を処理できない教諭あるいは精神病院入院などで休職を余儀なくされる教員は団塊の世代以前からいたことでありレアケースでしょう。一部を見て教育現場全体を判断することは間違いの元です。
ただし、全国各種教育委員会数は知らないが、かつて地方委員会の中には表面化しない問題を体質的に抱えていた組織がありタブー視されていると県政関係者から聞いたことがある。
多民族・多言語の米国と違って、少数民族・一言語の日本です。そうした中、時代背景の異なる働くことへの価値観が違う社会人を組織人へと育て上げるのは企業・団体などです。
しかし経費節減の折、集合研修での体系的社員教育が実施されている企業は少ないように思えます。むしろ社員各自の<自己啓発意欲の醸成>は管理者のOJTにも期待したいところです。
ここまで書いてきたものの、注意されることは家庭環境からしても考えにくいご時世です。少子化で長男・長女であっても弟妹がいない家庭が多くなっています。しかもロボット犬育ちで生きた犬(ペット)を躾けたことのない部下に注意する、される大切さを理解できるかは期待できません。その点リカちゃんをはじめ人形育ちも同じでしょう。
そもそもが注意された部下が気分良かろうはずがありません。ましてや注意して感謝されるケースは正社員も含 めないことは想像に難くありません。注意後の人間関係悪化による意思疎通の障害だけでなく簡単に辞めていくことも想定するとためらうことでしょう。
そのようなことから部下への<注意>で難しいのは、雇用形態が複雑化している高学歴非正規社員の場合です。
老婆心ながら申し上げますと、有力な縁故入社であった場合は、管理者が上級管理者から「松木君、彼(彼女)が君についていけないので辞めたいと大口得意先の社長へ相談にいったそうだが知ってるかネ。少しは注意したまえ!」と逆に注意されたのでは阿保くさくて間尺に合いません。「すまじきものは宮仕え」です。いかがでしょう、ご同輩?
また、ネット求人広告で容易に後任補充できたとしても一から教える必要があり時間を要します。
しかし、非正規社員であっても「戦力」の一員です。年度末へ来て組織としての総合力がダウンしては管理者の資質が問われます。
したがって、叱ることは口で言うほど簡単なことではありません。
ときに、『大家(おおや)と言えば親も同然 店子(たなご)と言えば子も同然』と言われた当時、「アタシャ、粗(アラ)探しと言われても朝のゴミ出しをはじめ毎日人様に注意するのが三度の飯より好きでしてネ~」といった面倒見の良い〝小言幸兵衛〟がいたと聞いたたことがある。
反対に「俺(あたし)は人に注意するのは苦手だけど、人から注意されるのが好きだナ」といった方は、おそらくおいでにならないでしょう。
古来『過ぎたるは及ばざるが如し』と言います。昭和時代の職場では、業務指導に熱心(性格?)なあまり「任せたと言ったそばから口を出し」と陰口を叩かれた管理者がいたことも確かです。
<部下育成>を目途に仕事を委任したとしても「箸の上げ下ろし」まで注意し過ぎると、部下のやる気が削がれ〝自律性〟のある社員は育ちません。それだけに『注意』を与えることは中々難しいことです。タイムアウトになったためここまでとします。
社員研修の視点からこの先タイトルを替えさらに考えてみたいと思います。ありがとうございました。
❒ 管理者研修講師『人材教育研究所』 (「過去と未来は『鉄の扉』。変えられる未来に
向かって挑戦しよう ‼」)
【注】 ブログ更新操作が不十分なため20時46分現在再投稿
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